The History of Beigoma Through Our Collection

貝のバイから戦後の流行、超合金のベーゴマまで、収蔵品を手がかりにたどります。

収蔵品に残る形、材質、模様を手がかりに、貝の「バイ」から新しいベーゴマまでをたどります。

旧サイトの記録を読むにあたって

年代や呼び名は、旧サイト掲載時の収蔵品調査と館長の記憶にもとづく記録です。写真との照合や文献確認が必要な箇所も含むため、博物館の研究ノートとして公開し、順次補足します。

江戸時代から戦時中まで

江戸期には、ばい貝に砂や鉛を詰め、色蝋でふさいだ「バイ」が現れました。関西でベーゴマを「バイ」と呼ぶのは、この貝の名がなまったものと考えられています。貝製のものは大正時代まで続き、コールタールのような材料でふさいだ例も収蔵されています。大分県国東半島や沖縄の「ジングールマース」など、貝を加工した似たこまも各地にあります。

旧サイトでは、明治40年頃にまず真鍮製のベーゴマが現れ、その後に鉄製が広がったとしています。当初は貝の形を強く残し、外側の彫りが深く、中が空洞の「空バイ」「おちょこベイ」へつながりました。顔を表した「面バイ」もありました。

勝負に負けないよう、子どもたちは削って低くする、角やギザギザを付ける、先を尖らせる、別の金属を埋め込むなどの改造をしました。硫黄やクレヨンで印を付け、自分のこまを見分ける工夫もありました。戦時中に金属が不足すると、土、ガラス、木などで作られたものも登場し、材質そのものが時代を伝える資料になっています。

戦後の流行と関西のバイ

館長は兵庫県で、小学2年生だった1950年頃にバイで遊んだ記憶を残しています。旧サイトでは、関西にも大きな流行があり、のちに「さくらベイ」が関東へ広がって爆発的なブームになったと記しています。花、野球、星、じゃんけん、文字など、子どもたちの関心を映す模様が次々と作られました。

関西では、空バイ、へそバイ、桜バイ、丸巴・六角巴、大阪バイ、十字バイ、Kバイ・Mバイ、英字バイなど、多様な形が考案されました。球団名を刻み、回転中に火花が出る「六角球団バイ」も人気を集めました。一方で、別製品から型を写したと思われる模様の不鮮明な品も残り、復刻品や再製造品を含め、年代を見分ける際には注意が必要です。

変わりベーゴマ

収蔵品には、直径15.5cm・重さ5kgの超ジャンボベイ、胸の形をしたベイ、インドで見つけたベーゴマなど、変わった品もあります。幼い子どもでも回せるよう、支え棒や超合金の芯を付けた製品も作られました。こうした「回しやすくする」発想が、のちの回転器具付きのこまやベイブレードへつながっていきます。

超合金と新しいベーゴマ

昭和50年代初め、玩具に広がった超合金がベーゴマにも使われました。初期は金色に光るものではなく、くすんだ灰色の品もあり、野球選手の背番号を刻んだこま、ウルトラマンの5個セット、回転器具「ブンマシン」が付属したスーパーベーゴマなどが作られました。

旧サイトに記録された主なシリーズ

  • ウルトラマン80、デンジマン、アニマル、ドラえもんの各シリーズ
  • 伝説巨人イデオン、ゴーディアンなどのセット
  • プロレス、ボクシング、相撲の選手名を刻んだ色付き・色なしのこま
  • 野球・サッカーの背番号ごま、ジャンケンごま、文字ごま
  • 観光協会や企業、作品などのために作られたオリジナルベイ

キャラクターや選手、地域の印を刻んだ品は、遊びの道具であると同時に、当時の人気や世相を映す小さな記録です。博物館では、未整理の種類を含め、収蔵品リストと写真の追加を進めます。

旧サイト「収蔵品によるこまの歴史―ベーゴマの歴史」の文章を、読みやすさと今後の更新性を考えて再構成しました。収蔵品写真と詳しい出典は順次追加します。

収蔵品で見るベーゴマ

貝のバイ、戦前・戦後の模様、変わりベーゴマなど、旧サイトの歴史記事に掲載されていた資料です。